ヤマハギター巡礼その4・YAMAHA ウクレレ NO-80

知り合いの音楽系エンジニアのおふくろさんは「何でも屋の洋子さん」の別名で呼ばれる多趣味なおばあちゃんです。戦前は両親が手広く商売していたらしく台湾在住だったのですが、開戦直後に日本へ戻ったと聞きました。何でも屋だから「こんなの持ってませんか?」と聞くと大概の物は持っており、特に楽器は琴、三味線、ピアノ、管楽器…と色々とお持ちで、楽器コレクションの中になぜかヤマハのウクレレがあります。
ヤマハのウクレレがいつから製造されたのかは不明ですが、おそらく昭和30年代あたりにはすでにヤマハもウクレレを製造していたのでしょうか。それともやはり40年代に流行したマヒナスターズや日野てる子のハワイアン音楽のブームに乗って勢いで製造したのでしょうか。当初ヤマハは創始者の山葉寅楠(やまはとらくす・嘉永4年生まれ)氏の音楽に対するあくなき研究とチャレンジ精神を生かし海外の様々な楽器をジャパニーズ製として発売しました。ちなみに外国からオルガンを輸入しくまなく研究分析し初の日本製のオルガン製造に漕ぎ着けたのも山葉寅楠氏です。彼の努力が日本の鍵盤楽器の基礎を作り鍵盤楽器があったからこそ日本の音楽がここまで進歩したとも言えるでしょう。
さてうんちくはそれぐらいにして、洋子さんのウクレレです。こちらは型番はなくサウンドホールから見えるラベルにはNIPPON GAKKI YAMAHA NO-80とグランドピアノのマークがあります。当然ですが定番の音叉マークが世に出る前の時代のものと考えられます。おそらく40年は前の楽器と考えられますからコンディションはさすがにひどいです。傷だらけで全体にヒビがあり、トップには割れもあります。けれどフレットはしっかりした真鍮ですし、裏面はいっちょうまえに美しいトラ目が出ています。ボディーの材質はトップ、サイド、胴と別の木材が使われているようです。おそらく現存率も極めて低いヤマハのビンテージウクレレと思われます。音は枯れた感じですがその辺で売っている安物とは一線を画しております。

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