同窓会の余興演奏を依頼される

暑さで着付けも乱れまくり
少しずつ記憶の糸がほどけてくる

知り合いのおばちゃんが愛宕小学校中学校の同窓会をやるのだという。人数は16人の女性ばかり。みんなおばちゃんというより、おばあさんだ。その同窓会の余興で我らうにまるの演奏をしてほしいという。しかもセットリストは「愛宕」に特化して、というリクエストだった。そんなわけで「旧舘レゲエ」など持ち曲を連ねて会場の新里のゆったり館へ。6時からだったが、セッティングもあるし、何よりその前にばあさまに飯を食わせねばならない。そんな急ぐ日に限ってデイケアの送迎が一番最後だったりする。あせって飯を食わせ、会場に急ぐ。アンプとか軽くセットして今度はお着替え。しかも気温が高く着物は暑い。そして演奏、うーんやっぱし、ぶっつけはうまくいかないもんだ。着付けもウイッグもボロボロ。悲惨な姿で歌ってしまった。
この同窓会には戦前から母親のオヤジが経営していた土建屋の番頭さんの娘がきていて懐かしく再会。娘さんはその昔、自分が少年だった頃の浄土ヶ浜の陸中丸のガイドさんだった。夏休みは築地から毎朝、彼女と従弟だからと同伴で陸中丸に乗って浄土ヶ浜へ通勤。まるまる一日浄土ヶ浜で遊んで、夕方にはまた陸中丸で築地に帰るというパターンだった。昼も彼女がガイドする船は同伴できたから、タダで陸中丸で島めぐりの観光を楽しんだ。あまりにも何度も乗ったので、門前の小僧の如く観光船のガイドさんの語りまで覚えてしまい、余興のネタにしていたが、最近はオリジナル楽曲のセリフなどに転用している。
そんな彼女が母親に会いたいという。ならばと翌日にセッティングしたんだが、彼女のスマホがソフトバンクで圏外。待ち合わせに難儀したが何とか自宅へ。母親は彼女を見ても判らないようだったがしだいに打ち解け会話も成立。めでたしめでたし。良い母の日孝行となった。これなら競馬もうまくいくべぇと挑んだが一番人気が飛んであえなく惨敗。

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